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顧問コラム第12号

 バトンタッチされました、柴島高校の三輪です。
 軽音連盟除名阻止のため、頑張ります。

 私はオオツカ先生のおられる金剛高校の2期生です。
高校時代を思い出すと、入学時には3年生がいない。軽音楽部もない。
 1年の時にバンドがやりたくてしょうがなかったのですが、
キーボ以外ではバンドに入れてもらえそうになかったので、
キーボやるって言ってバンド探しました。
でも実はまったくの素人でキーボ弾けなかったんです。
なのに同じ学年の子に誘われて、その子と私以外は
タバコすぱすぱの社会人というバンドへ加入してしまいました(爆)。
で、いきなり「TOTO」の曲の音源と譜面渡されたのです。
超難しいのに、次までにできて当然という雰囲気だったため、
できてなかったら殺されると思って、
死ぬ気で練習しましたぜ。
その頃の曲は今だに弾けます。
若いうちの修練って、本当に自分のものになります。
で、その後金剛高校に軽音楽同好会を作ろうとするのですが、
問題児ばかりだったため、2年目に顧問のなり手がおらずになくなりました。
軽音楽部の諸君は顧問に大感謝すること。
 そんな高校時代だったので、大学に入ってまず考えたのは軽音楽部。
しかし軽音楽部のモリさんという方から
「うちは人数多いから新入生募集してない」と言われたので、
入らずに外でバンドやってました。
このモリさんって…。
それはともかく、男性のキーボが珍しかった時代で、
プレイヤーという雑誌のバンドメンバー募集に出すと
数十件の引き合いが来るという感じだったので、
学校外で頑張りました。
キーボでよかったと思ったもんですが、
今も人気がないパートですね(涙)。
一時は無謀にもプロまで考えたものでしたが、
軽音楽部顧問として音楽やりながら定職につける、
と甘い考えで高校教員を目指し、無事なれました。
 そうやって柴島高校に赴任したのが25年前で、
そこからある1年を除いてずっと軽音楽部の顧問やらせてもらいましたが、
その1年間は自分にとっても、クラブにとっても重要な年でした。
 当初は私が全部員を指揮監督していました。
軽音連には創設期から加盟していたと思いますが、
加盟直後の1995年に問題は起こりました。
詳細は書きませんが、私は軽音楽部顧問を辞めさせられました。
この1年の間に部活動は衰退し、
この時の1年生は最終1名になってしまいましたし、
校内ライブでは観客1名という記録(?)も作りました。
なので1996年に顧問に返り咲くにあたって、
私は部活動や顧問のあり方について考え直したのです。
 ロックという音楽が必然的に持つ、唯我独尊的な要素は置いておき、
学校にも地域にも愛されるクラブを目指すこと、
そのために校内美化、あいさつ運動に部として取り組むこと、
顧問がいなくても自分たちで考えて動ける組織にすること、
そのためにただ演奏をするのではなく、
対外コンテストや他校との交流など目標をはっきりさせて、
全部員で取り組むこと、そのためにパート練習を全員が行うこと、
などに取り組みました。
これらが正しいのかどうかはさておき、
当時の状況では追い詰められたあげくの唯一の選択でした。
 しかし新入部員はこれをよく理解し、組織的に動けるようになっていきました。
そして地域や他校との交流も盛んになり、部員も100名を越え、
対外コンテストの実績(特に本校初の全国大会出場)もあって、
学校に優れたクラブの一つと認められるようになり、
どうにか安定した活動を実現したのです。
 しかし長期政権は腐敗の温床です。
いかに生徒主体とはいえ、私がずっと顧問を続けているために、
次第に前例主義のお役所イズムが部にも蔓延していきます。
そうしてついに昨年に部内における方針対立が表面化し、かなりもめました。
生徒に任せすぎて、部のビジョンが不明確になったのが最大の原因でしょう。
 どんな組織も目指すビジョンがなければ、
個々が利害を主張し合う一方で無責任な者が大半という烏合の衆になりかねません。
そこで昨年度に部のビジョンを2つに分け、
軽音楽部内サークルとして「ロック研究会」を立ち上げてみました。
軽音楽部内にありながら練習自由、バンド編成自由、イベント参加自由で、
やりたい音楽を追求するものです。
純正軽音楽部はややいい加減になっていた部の目標を再確認し、
従来通りの活動を強化しました。
 当初は多数の部員がロック研に移り、
非常に少数になった純正軽音楽部はかなり寂しい運営になりました。
しかしそれから1年がたつと、
ロック研はあまりに自由さにあまり練習しないどころか、
イベントもしなくなり、退部も結構出て、
ごく一部のバンドのみが頑張っている状況になってしまいました。
一方純正は少数ながらも勢いを取り戻して頑張っています。
やはりまだ高校生という年齢では、
まったく生徒に任せることでうまくいかせることは難しいのかもしれません。
まだまだ試行錯誤の毎日です。
 私自身の大問題としては、和太鼓部との顧問兼任という問題があります。
和太鼓部はこの間大きく発展し、創部11年にしてすでに3度の全国大会、
7度の海外遠征など、活発な活動をしていますが、
顧問が十分に付き添えないことでの問題が最近いろいろ露呈しています。
当然軽音にも十分付き添えません。
対外活動でなかなか他の顧問の方々とお話したりの時間がとれないのも、
正直ちょっと寂しいです…。
 このようにまだまだ自分の未熟さを感じつつも、
軽音でも和太鼓でもいろいろな方のご支援やご指導で
なんとかかんとかやっている毎日です。
なんかえらい真面目な文章になってきたぞ。
てか長いか!?
 ということで、そろそろ終わりたいと思います。
ここまで読んでいただいた方、ありがとうございました。
ここまで読まれた方にはみわみわ賞を差し上げますので(応募多数の場合には抽選)、
毎年予定されながら毎年延期されている
「さよならみわらいぶ」にいらっしゃいませ。
いちおう2013年3月30日(土)あたりで予定しています。
 それでは今後ともよろしくお願いいたします。

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顧問コラム第11号

 残暑の中でドタバタで実施された文化祭が終わり、
ようやく落ち着いてクラブ活動が
できるようになりました。
 
 先日は南港ATCで行われた
Sing For The Future コンサートに
参加してきました。
これは鶴見商業の吉村先生が呼びかけ人となって、
昨年から始まったコンサートで、
定期的に南港ATCで実施されています。
イベントが長時間に渡るのが
おっさんにはちょっとつらいのですが、
そこらじゅうに居るコスプレーヤーを眺めたりして
適当に気分転換ができるのがよろしい。
 
 堺東駅からATCまで
南海バスが直通バスを運行しているので
(割引回数券の利用で片道400円)、
うちのクラブとしてはアクセスが簡単で、
これは非常にありがたい。

 九州を襲った台風の影響が残っていて、
当日は雨こそ降らなかったものの、
かなりの強風。
それで、当初の海沿いのステージではなく、
ATC建物内の階段を利用した
ステージでの演奏会となりました。
 この場所だと、
騒音の関係で生ドラムが使用できないため、
うちのクラブ所有の電子ドラムを提供いたしました。

 電子ドラムも昔と比べると
格段に手ごろな価格になっており、
さまざまなタイプが販売されています。
ヤマハかローランドが
ほぼ市場は独占してる感じです。
 
 うちのクラブは同好会創立当時から、
普通教室での部活動を余儀なくされていたので、
電子ドラムは「必須アイテム」でした。

 当時ちょうど、ヤマハが
「電子ドラムのモニター募集」と
いうキャンペーンをやっていて、
これに応募したら当選して、
クラブとしてモニターになれたの
が、
弱小同好会の活動に大いなる希望と勢いを
与えてくれたのでした。
もちろん、使用した感想文とか、
マメに送りましたよ。
(ローランドもこういうキャンペーンやってくれたらいいのにね)

 電子ドラムは、どんなに強く叩いても、
音量は自由に調整できるから爆音になりません。
したがってバンドアンサンブル練習において、
「他のパー トの音がよく聴こえる」、
という利点があります。
もちろんいろいろな弱点もあるのですが、
それでも日々のクラブ活動においては重宝します。

 配線とか結線とかも、
慣れてしまえばそれほど面倒なものではありません。
みなさんのクラブでも
電子ドラムの導入を考えてみられてはいかがでしょうか。

 さて、先日のATCで、
卒業生とともに、
すばらしいドラムプレイと
キーボードプレイを披露されていた、
柴島高校軽音楽部の三輪先生を
コールし たいと思います。

Sing for the Future vol.8

2012.09.17.

第8回目となる高校軽音楽クラブ「東日本復興支援チャリティーコンサート」が大阪南港ATCの特設ステージにおいて開催されました.

本日の出演校は,
 今宮高校
 扇町総合高校
 北淀高校
 柴島高校
 工芸高校
 金剛高校
 樟蔭高校
 住吉商業高校
 星林高校
 泉陽高校
 鶴見商業高校
 都立第一商業高校
 奈良育英高校
 西高校
 汎愛高校
 阪南大学高校
 東住吉高校
 枚岡樟風高校
 プール学院高校
 都島第二工業高校
 八尾翠翔高校
   以上21高校でした.

本日は,曇天ながら風が強く午後の荒天予報に備えて,海辺のステージ使用を断念し,屋根のある階段にしつらえた特設ステージでのチャリティーライブを行いました.

20120917-1.jpg 20120917-2.jpg

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HSL in ESP vol.45

2012.09.16.

第45回目となるハイスクールライブinESPが行われました.

本日の出演校は,
 咲くやこの花高校(幹事校)
 大阪体育大学浪商高校
 堺東高校
 成美高校
 東大谷高校
でした.

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コラム第10号「人にお仕事をお願いするお仕事」

 バトンタッチされました金剛のオーツカです。
いつも、皆様にはお世話になっていますが、とにかく今回は日々の愚痴を書きます。
書かせてください。 
 生徒会部長1年目。もうへろへろで。
8日・9日の文化祭、仕切ったんですが。あんまり満足感はありませんね。
とにかく、2日間とも仕切ることに集中し、視聴覚のライブは1バンドも見に行ってないし。
去年までやってた教員バンド(私はベース)も今年は自粛して、他の先生にまかせたし。
 まあ、視聴覚ライブは、部員が仕切っているので、
「時間通りに終わることが至上命令。
トラブルで押したら、部長の判断で出演取りやめ」
の指示だけ出しとけばなんとかなるんで。(自慢・自慢)
 とにかく、準備段階での教員や生徒からのいろんな質問やクレームに対応するのが大変でした。
去年のファイルを理解したり作り替えるのに時間かかったし、
3年の有志と対応するのも手間かかったなあ。
まあ、信頼関係を保ちながらできたとは思うけど。
 4月の新入生歓迎行事から始まって、6月の体育祭から9月の文化祭へと、
こんな忙しい日々を過ごしたのは初めてでした。
「こんな学校でおったら殺されるぅ」とか「転勤させろ」とか
職員室で教頭など半径5mに聞こえるようにブツブツ言いながら過ごしてました。
 10年前に金剛に来て、担任やって、学年主任やって生徒会部長やらされて。
あ~しんど。都合のいい人間なんやろな。
学年主任の時は、精神的にかなりしんどくて「学年主任の歌」を作りました。
ちなみにサビは、
「人にお仕事をお願いするお仕事」の繰り返しです。
(S高校軽音楽部のM先生がおっしゃっていた言葉に感銘を受けたので、借用しました。)
 現在、軽音楽部の顧問ですが、ダンス部の副顧問、陸上部の副顧問。
このままおったら、ますますヤバイ感じになってきてます。どーしよう。
 もう、こうーなったら、生徒会執行部の10人、軽音楽部の50人、ダンス部の50人を握って、
自由自在にコントロールし、動員し、金剛の支配者になったろかぁ。もうー。
そんな気力も、体力も、時間もないもんな。
授業は授業で、教科書の存在しない「時事社会」や「生命倫理」。
俺は世界史の教師やぞ! 毎週11時間は総合学習やってる感じ。
あとは日本史で。世界史は1時間もないし。もうー。

すみません。愚痴を言ったらちょっとスッキリしました。
かつて、私は羽曳野高校で早田先生の生徒会部の部員として働いてたんですが、
やっぱり私の目から見てホークス早田はかがやいてました。
私は、サッカー部の主顧問でした。トホホ。
まあ、そんなこんなで、現在の私の軽音楽部引率は、私の憩いの場です。
皆様、部内ライブ誘ってくださいねー。

コラム第9号「文化祭の悩み」

 小倉先生、投稿ありがとうございました。
さて、ここんところ文化祭の準備などで忙しかったので、
自分の投稿が遅れてしまいました。

 泉陽高校の文化祭は、9月8日、9日の土日連続で2日間開催されます。
(実はこの記事を書いているのは1日目が終了した土曜日の夜です)

 前日の金曜日はまるまる授業ナシで、
1時間目に教室と机を移動して、
あとはずっと「準備リハーサル」です。
 こういうスケジュールですと一般生徒たちにとっては、
翌週の月曜日と火曜日が代休になるので、
夢のような「文化祭ウィーク5日間の旅」となります。

 でもその割には、そのコンテンツは充実しているとは言い難いです。
演劇もレベルはお粗末。

 もともと高校の文化祭は「クラスのホームルーム活動の一環」という面と、
「文化系クラブの晴れ舞台」という2つを同時にやろうとするため、
活発に活動している文化系クラブにとっては、悩みが多いイベントですね。

 なんせ、クラブの演奏発表に力を入れようとしても
「クラスの活動がありますから」とかいってポロポロと部員が抜けていきます。
直前になればなるほど「部員が揃わない」状態となる。

 だから、きちんとした計画が立てにくいのです。

 個人的に、文化祭という行事はあまり好きではありません。
クラス担任としても、部活動顧問としても、
一つのことに本腰入れて取り組めないからで す。

 ここまではどこの学校でも同じだとは思いますが、
それに加えて本校文化祭では「有志団体の参加」を認めているため、
「有志の団体がどれだけ申し込んでくるかによって
クラスの発表時間や場所が決まる」
という本末転倒状態になっています(主にバンドとダンス)。

 もしも有志参加を一切禁止してしまって
(あるいは有志団体は後夜祭だけに限定するとかして)、
その上で飲食模擬店は4クラス、体育館舞台は6クラス、
映像は4クラス、アトラクションは6クラス、
といった風に「部門ごとに参加クラス数上限を固定」してしまえば、
非常にすっきりしたプログラムがずいぶん前から組めるのですがーー。

 これを毎年私は提言してはいるのですが、
なぜか「やりたがっている有志団体の意思を尊重する」
というのが本校の生徒会部の伝統らしいのです。

 今回も有志のバンドが何バンドあるのか、
というのが、情報が錯綜しており、なかなか確定されなかったため、
PMCの発表時間やプログラムも本番2日前まで決めることができませんでした。

 「しかしなあ」、私は思う。
 有志団体というのは、「ステージでバンドしたい、ダンスしたい」
という強い気持ちは持っているのだが、「それだけしか興味がない」のです。
出演に伴う責任感とか、義務を果たす、といった意識はあまりないのです。
それが問題。

 校内各所のゴミの処理やら、
入場者の整理とかを黙々とやっているPMCの部員を見ていると、
「有志団体って何なんだ」と思ってしまうのでした。
ああ、早く文化祭が終わって、落ち着いて部活動がしたいです。

 では、かつて羽曳野高校(今は 懐風館高校)の生徒会部で
苦楽をともにした、金剛高校顧問の大塚先生にバトンパスします。

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Author:軽音連大阪
高等学校軽音楽部連盟大阪は高校軽音楽部系クラブの顧問と部員がともに創り上げる、音楽を通じた交流により人間性を高めるための団体です。

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